「食べることへの働きかけ」(1999.11月 ゆずりはだより 第2号より)

 ハンガリーの幼児保育園を見学した時のことである。その子は入園して4日目だった。

家からやってきた日、その子は保育園で食事を一切しなかったし、食卓に座ることもしなかったという。


 この日、その子は遊びの時間のあいだ中、担任の後をついて歩いていた。

一緒に見ていた園長は「小さなあひるのようね」と言ったが、日本流に言えば「金魚のふん」である。


 担任は、後追いをするその子に「私が片付けるのを手伝って」と言って一緒に道具をしまったり

「これをあの子に届けてね」と紙を他の子に届けてもらったりと、その子に「仕事」を頼み、クラスでの「役割」を与えていた。もちろん、他の子が上手に遊び、大人の助けが不要の間、大人はひざにその子をのせ、わらべうたを歌ってやることも忘れなかった。


 そんな時間の経過の中で、果物を食べる「おやつ」での出来事である。

担任はその子を誘い、青いぶどうを「あなたの年の数と同じよ」と言って4粒皿の上においた。

「あなたがそれを食べたってお母さんが聞いたら、きっと喜ぶと思うわ。もちろん私もとってもうれしいわ。」


 その子が4粒食べ終えた時、タイミングよく担任は言った。

「おいしそうに食べられたわね。これ(赤いぶどう)もきっとおいしいと思うわ。

今、食べたのと同じ数だけ食べられるかしら。もちろん、おいしくてもっとたくさん食べたければ食べていいのよ。

でももし、食べられなければ、その数より多い分は私が食べるわ」と少し大きめの房をわたした。

その子は、1つ、2つ、と数えながら4つ食べ、残りを担任に手渡した。

担任は「本当にもういいの?」と念を押した上で残りを食べた。


 食べられた。という満足感があったようで、その後、彼女は1人で外遊びに出る為の準備をしに洗面所に入っていった。

食べることを促すために言葉をかける中にも、沢山の共感や認識に結びつく言葉が見られる。


 「食べないと大きくなれないよ」「みんなも食べているでしょ」「おいしいよ、食べてごらん」

といった言葉の使い方とどこが違うのか…。

 食べることも、肯定的な感情と結びつかなければ決して喜びとはならない、と改めて感じた場面だった。

(木村はるみ)

 

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