フランスの歴史教育 歴史ができる生徒が“優秀な生徒”(2010.7月 ゆずりはだより 第66号より)

 フランスの普通高校では、2年生からS(理系)、L(文系)あるいはES(経済系)に分かれ、バカロレア(大学入学資格)試験に向けての必修科目がそれぞれ違ってくる。それがいちばん難しいと言うわけではないが、一般的な傾向として、

高校卒業後の進路がいちばん自由に選べるSの生徒が、「優秀な生徒」と見られている。去年、政府は、このS系の必修科目から、将来的に「歴史・地理」をはずす意図があることを発表した。

 

 現在、フランスでは、政府による「高校制度改革」が進行中で、経費と教員の大幅削減を目的としていることがはっかり分かるこの改悪案は、フランスの世論を騒がせている。この9月の新学期から、いくつかの改革が新一年生に対して適応されていく。歴史・地理の授業の削減もその一部であるが、教員だけではなく、生徒、保護者あるいは各界の知識人達もこれに対して大反対の抗議行動を続けていて、新一年生が三年生になるまでのこれから2年の間に、削減が撤廃される可能性はかなり高い。

「プログラムを削るのではない。2年間で3年分の歴史・地理をやり、S3年生は、集中して理系の勉強に取り組める」

という政府のもっともらしい言い訳に、当然のことながら、うなずくフランス人は少ない。政治に大きな発言力と影響力を持つ「世界大戦を経験した退役軍人の会」も、改革の結果、高校で第二次世界大戦のことが十分な時間をかけて取り上げられなくなる事に対して、強い憤慨と不満を表明している。

 

 ブロヴェ(中学教育資格検定試験)の筆記試験科目が、フランス語、数学、歴史・地理の3科目であることからも分かるように(日本だったらこのような学力判定テストには、必ず英語だろう)、フランスの中等教育では歴史・地理、とりわけ歴史教育が、ゆるぎない位置を占めている。この国では、英語ができる生徒よりも、歴史ができる生徒の方が、「優秀な生徒」なのだ。

 歴史教育のプログラムの中で、現代史の占める割合は大きい。

中学最終学年で、生徒は「第一次世界大戦から今現在の世界状況を認識」することが求められる。

高校2年では、「第二次世界大戦」が再び取り上げられ、高校3年のプログラムは、「1945年から今現在の世界状況」だ。

フランスの歴史の教科書は、日本人が見たら「え、これ、図鑑でしょう?」とびっくりするだろう。

「…があった」という記述部分よりも、写真や地図、統計やグラフ、新聞記事やポスター、あるいは政治家や知識人の声明など、その出来事をめぐる資料の掲載の方が圧倒的に多い。そして生徒たちには、中学生の時から、このような資料をもとに、その歴史事実の背景や影響や結果を説明したり、あるいは自分の意見を述べる姿勢が求められる(ちなみに、教師用指導方針書には、歴史の授業を通して「生徒に批判的な精神を身につけさせるよう指導すること」とはっきりと書かれてある!)。だから、テストも当然そのような内容のものだ。

 長男が中学3年生のとき、こんなテストを持って帰ってきた。

アウシュビッツ収容所の見取り図や、ナチス少尉のメモ、ユダヤ人街の写真などの資料があり、最後の質問は「この惨劇が、なぜ『人類に対する犯罪』と定義されるのか、その理由を述べよ」。その頃は、まだ高校の仕事も始めたばかりで、中等教育の授業のプログラムや方針も毎日が発見であった。

こんなことやってんの?!すごい!」と大きな声で叫んで、長男に怪訝な顔で見られた。

 

  歴史の授業とは、生徒に何がどこであったかを覚えさせることではなく、そこから何を考えさせるかということ。そして、考えることができる生徒は、「優秀な生徒」である。その昔、歴史のテストの前の晩は、必死で年代や人名を暗記してはいい点をとり、「私は歴史ができる」と思っていた日本人の私。フランスの学校で歴史の授業を全然受けていないことが、実は、今の私には、ちょっとしたコンプレックスである。 

 

降旗あつ子:

1989年渡仏。結婚、長男の出産後、子育てをしながら通訳や大学の日本語教師の仕事に従事。現在は地元の高校で日本語教師として奮闘中。また、日仏をまたぐ視野で、子育て・教育・女性などをテーマに情報発信中)

 

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